新着情報【AP浜松町】港区で「町」がつく住所はココだけ!地名の由来と利便性【連載【AP浜松町物語-第5話】【お役立ち放送局/6】
2026年5月28日

いつもAP浜松町をご利用いただき、ありがとうございます。お役立ち放送局、執筆担当の前田です。
ご存じでしょうか。私たちが拠点を構える浜松町の住所のこと。「港区〇〇一丁目」「港区△△二丁目」港区の住所ってだいたいこういう形ですよね。考えてみると、六本木、赤坂、南青山、芝公園、白金台......どれも「町」がつかないという、、、。しかし、ここ浜松町だけ違うのです。港区内で住居表示が実施されている地域において、町がつく町名は浜松町ただひとつ。毎日当たり前に使っているこの地名、実はかなり特別だったのです。という話をさせていただきます。
■そもそも、住居表示とは?(基本をおさらいしましょう)
1960年代、日本中の住所が大変なことになっていました。江戸時代からの古い町名が各地に残りすぎていて、郵便屋さんも警察も「この住所、どこ?」となる状態。そこで政府が住所をわかりやすく整理しようと打ち出した制度が住居表示です。港区では1964年(昭和39年)から順次住居表示を実施していった。その結果、芝浜松町一丁目、芝浜松町二丁目といった古い町名は整理されて、シンプルな浜松町一丁目、浜松町二丁目になりました。この作業の中で多くの歴史ある町名が地図から消えていったとのことです。非常にもったいないですが、未来へ行くために必要なことだったのでしょう。
■町が消えていった理由(説)
住居表示の実施で何が変わったかというと、住所の形が変わりました。〇〇町△丁目→〇〇△丁目つまり町という文字が、どんどん住所から消えていったんですね。港区だけで、かつて存在した数十もの〇〇町という町名が、この整理で姿を消しました。浜松町が浜松町のまま残れたのは、もともと浜松町という名前が地域全体の通称として定着していて、住居表示後もその名前が採用されたからです。

■町を守るために、戦った人たちがいたという、、、
ここで面白い話があります。港区には今も町がつく地名がもう2つあります。麻布永坂町と麻布狸穴町です。でもこの2つは住居表示が実施されていない、つまり整理の対象外になっています。それはなぜか?住居表示の施行を強行しようとする行政に対して、脚本家の松山善三様----女優・高峰秀子様の夫として知られる、、が中心となって住民による反対運動を行いました。麻布永坂町にはブリヂストン創業者の石橋正二郎様も居を構えており、改称に強固に異を唱えました。住民が立ち上がって、町名を守ったのです。だから今も麻布狸穴町、麻布永坂町が地図に残っています。一方の浜松町はというと? 特に戦うまでもなく、自然に浜松町という名前のまま新制度に移行できた。むしろ整理されたことで、ぐっとシンプルになった。
■浜松町という圧倒的な名前の強さ
思い返すと、この連載の第1話でも紹介しましたよね。浜松町という名前は、江戸時代に浜松出身の権兵衛さんという名主が来たことで生まれた名前でした。その名前が、300年以上たった今も現役で、しかも港区唯一の町として生き残っている。住居表示に左右されることなく、江戸から続く地名として今日も使われている。なんだかちょっと、愛着がわいてきますよね。愛着100%!
※麻布狸穴町、麻布永坂町は住居表示未実施地域のため記事内容から省いております。
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