新着情報【AP浜松町】東京タワー「昭和塔」幻の名前とは?【AP浜松町物語-第4話】【お役立ち放送局/4】
2026年5月18日

貸し会議室AP浜松町お役立ち放送局/取材班の前田でございます。さてさて、ちょっと想像してみてください。
「今週、昭和塔に行ってみませんか?」「昭和塔、今日はオレンジ色にライトアップされてますね」「今日は遠くからでも昭和塔が良く見えるなぁ」
東京タワーに慣れているせいか、そんな言い方されてもやはり、なんかちょっと違う気がします(笑)
■8万通以上が集まった名前の公募
1958年、東京タワーが完成する直前に名称の公募が行われ、全国から8万6,269通の応募が寄せられたという、、、。
当時の日本は高度経済成長の真っただ中。戦後の焼け野原から立ち上がり、世界一高い電波塔が東京に建つという、国民みんなが興奮していた時代です。 この塔に名前をつけてもらえますか?と言われたら、それは絶対に応募したくなりますよね。絶対の絶対に!
一番多かった名称は、昭和塔で1,832通!続いて日本塔と平和塔!ほかには当時アメリカと旧ソ連が人工衛星の打ち上げ競争をしていたことから、宇宙塔!皇太子明仁親王の成婚が近いということで、プリンス塔!という応募もあったようです。宇宙塔、プリンス塔って時代を感じる候補たちですよね。
■ 日本全国、皆様おなじみの東京タワーは13位だった
そしてここが、めちゃくちゃ面白いところなんですけど、東京タワーの名称での応募は223通で、13位だったのです。たったの13位!
ベスト10にも入っていない、全体の0.26パーセント。100人に応募してもらっても、東京タワーと書いた人は1人もいない計算です。
票数だけで決めていたら、昭和塔になっていた。今ごろ私たちは「昭和塔に行きたい!」「昭和塔のあの形が好き!」なんて言っていたかもしれません。
■ 一人の男が、ぐるぐるバタンと、ひっくり返しました
そこに現れたのが、徳川夢声という人物です。
弁士・漫談家・作家・俳優と、何でもこなした当時の人気タレント。その徳川夢声が名称審査会に参加していて、こういいました。
「平凡こそ最高なり!ピタリと表しているのは、東京タワーを置いて他にありませんな!」(※台詞はイメージです)
この一言で審査会の空気が変わりまして、1958年10月9日に名称が東京タワーに決定しました。
民主的な多数決をひっくり返した、一人の、めっちゃ声のでかい人。でも結果的に彼が正しかった。東京タワーという名前がなければ、あの塔はここまで愛されなかったかもしれませんからね。
■そして!賞金10万円は、小学5生に渡りました。
もうひとつ、好きなエピソードがあります。公募で東京タワーと応募した223人の中から、抽選で一人に賞金が贈られました。
当選したのは神奈川県に住む小学5年生の女の子。賞金は10万円。当時の10万円は現在の価値で40万円以上とも言われています。
東京タワーと書いて送った小学生の女の子が、結果的に最も有名な電波塔の名付け親のひとりになった。なんかこの話、ちょっとジーンとしませんか。
■ 東京タワーが近い貸し会議室で、ふと思うこと~AP浜松町
浜松町で働いていると、ふとした瞬間に東京タワーが目に入ることがあります。
その塔を見るたびに「確か、、、あれはあの小学生の女の子が名付けた塔だったな、ふむふむふむ」と思うと、なんだか少しだけ見え方が変わる気がしますね。
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